はじめに

IKARI curve

冠動脈疾患

心臓は休むことなく働き続けるポンプです。心筋と呼ばれる筋肉細胞が24時間働き続けるのですが、疲れを知らないといっても燃料と酸素がないと動くことができません。燃料と酸素は動脈の血液に乗って運ばれます。これを運ぶ血管が冠動脈と呼ばれ、心臓の表面を走行します。
この大切な冠動脈に起こる病気が冠動脈疾患です。多くは動脈硬化が原因ですが、炎症性疾患によることもあります。
動脈硬化は、人の血管におきる老化現象の一つと考えられますが、老化を促進する因子があると通常よりも早く起こります。それは、喫煙、糖尿病、高血圧、高コレステロール血症などです。これらのリスクが集積すると起こりやすくなります。

図版:「伊苅裕二:誰も教えてくれなかった 心筋梗塞とコレステロールの新常識,p.2,2018,南江堂」より許諾を得て転載.

動脈硬化

動脈は、内膜、中膜、外膜の3層構造になっています。動脈硬化は内膜に起こる変化であり、内膜が存在することが動脈硬化発生の必須条件となります。多くの動物では内膜がないため、動脈硬化が起こりません。一方人間では、出生時にすでに内膜が形成され、徐々に老化します。かつ出生時に内膜ができるのは、冠動脈、頚動脈分岐部、動脈管であることが知られています。動脈管は胎生循環では必須ですが、生まれてすぐ閉塞する血管ですので、内膜があるのは納得できますが、閉塞したら心筋梗塞や脳梗塞になってしまう冠動脈や頚動脈にできるのはまだ解明されておりません。また動脈硬化をきたす動物は霊長類のみであり、心筋梗塞は人間特異的といっても過言ではない疾患です。人間は進化したと思っていますが、こと動脈硬化という観点からいえば、最もダメな生き物です。

図版:「伊苅裕二:誰も教えてくれなかった 心筋梗塞とコレステロールの新常識,p.2,2018,南江堂」より許諾を得て転載.

血行再建

冠動脈疾患により心筋虚血に陥ると、よいことがありません。心臓の機能が低下し心不全を合併しますし、突然詰まると心 筋梗塞になります。また労作時のみに血流不足に陥る場合には労作性狭心症という症状を呈します。これらの改善のためには血流を改善する必要があります。歴史的には冠動脈バイパス術が1960年代にはじまり、1970年代に経皮的冠動脈インターベンションが始まりました。低侵襲のため冠動脈インターベンション(PCI)は世界で広く行われています。

図版:「伊苅裕二:誰も教えてくれなかった 心筋梗塞とコレステロールの新常識,p.8,2018,南江堂」より許諾を得て転載.

橈骨動脈アプローチ

冠動脈インターベンション(PCI)は、動脈に約2mmの管(カテーテル)を通すことで可能となります。つまり、体のどこかの動脈に2mmの穴をあけて体外から管を通す必要があるのです。この場所をアプローチ部位と呼ぶのですが、歴史的には足の付け根の大腿部から行われれてきました。ところが、大腿部は血管の前後への曲がりが強く、枝も多く出血が問題でした。さらに一旦出血すると後腹膜という場所に出るため、出血していることが認知されにくく、大きな合併症になり時には死に至ることがあります。それを解決したのが橈骨動脈アプローチです。橈骨動脈は、血管のサイズは細いのですが、まっすぐで枝が少なく、大出血する場所がないことから出血合併症がより少ないのです。2015年に発表されたMATRIX研究にて出血合併症を減らし、死亡率を減らすことが明らかになったのです。ヨーロッパ心臓病学会のガイドラインでも第一選択は橈骨アプローチであるとされました。すなわち、橈骨動脈アプローチができるPCI術者はより死亡率が低く、次世代の医師は必ずマスターするべき技術となったのです。